【勉強法】過去問を何十周も繰り返すのは効率的なのか

スポンサーリンク

行政書士試験の勉強法を紹介している人の中には、「過去問を何十周も繰り返し解いてください」という人がいたりします。

これについては理解できる部分もあるのですが、やり方を間違えるとドツボにハマるなと思ったので、記事を書いておこうと思います。

今回は、「過去問との関わり方」について僕の考えをお伝えします。

スポンサーリンク

過去問は何のために解くのか?

僕は「過去問は繰り返さなくていい」と言いたいわけではありません。
繰り返しは必要です。
でも漫然と繰り返すことに意味はないと思っています。

僕の個人的な感覚では、だいたい4周程度が一つの目安だと思います。
大枠で言うと以下のようなイメージ。

1周目:どのような出題傾向があるかを知るため
2周目:より詳しく、どのような知識が必要かを知るため
3周目:不足している知識の補充や、誤解している知識の修正のため
4周目:本試験直前に、頭を慣らすため

これはもちろん厳密なものではありません。
このプロセスが2~3周で終わる人もいるでしょうし、5~6周かかる人もいるかもしれません。

大事なことは、このように目的意識を持って繰り返すということです。

明確な目的も持たず、いたずらに回数だけ増やしてもあまり意味はないと思います。

なぜでしょうか?

理由はカンタンです。

飽きる
集中力がなくなる
曖昧な知識でも正解できる

からです。

皆さんも経験がありませんか?
問題を見た瞬間、「あ、これ正解覚えてる」と思うこと。

何度も繰り返し解いていると、必ずそうなってきます。
するとどうなるか。
集中力がなくなるんです。

自分では集中しているつもりでも、無意識に切れています。
緊張感が薄れ、新しい知識を吸収しようというモチベーションが低下します。

そして、過去問はほとんど〇×だけで解答できますから、知識が曖昧であっても正解できます。

すると、過去問は全問正解できるけど、模試や本試験では得点できないという状態になってしまうのです。

これがドツボ状態です。

中には毎回新鮮な気持ちで取り組める人もいるのかもしれませんが、多くの人はそうではないでしょう。

そもそも過去問は正解を出すために解くものではないのです。
過去問を解く目的は

本試験の出題傾向(クセ)を把握すること
知識を確認したり補充すること

です。
これらを放置したまま正解できるようになっても意味がありません。

過去問は枝葉にすぎない

過去問とは「枝葉」です。

大元に幹があり、そこから派生した一部が問題になっているに過ぎません。
つまり、過去問だけをやって全体を網羅することはできません。
知識が断片的になりますし、しかも同じ問題は二度と出ません。

重要なのは「幹」です。

過去問の肢から、幹となる知識がどのようなものかを掴み取り、その幹をガッチリ自分の中に作ることこそ大事です。

幹とは、その規定の根拠条文であったり、その規定の意図や目的だったりです。

幹の知識が頭に入っていると、過去問を解くときに、選択肢に〇×をつけられるだけでなく、なぜその答えになるのかという理由を説明できます。
ここまでくれば、多少変則的な枝葉(問題)が出てきたとしても対処できます。

逆に言えば、理由が説明できないうちは、幹となる知識が頭に入っていません。
断片的な知識を寄せ集めただけです。
これでは安定して得点することはできません。

つまり、繰り返すべきなのは、「枝葉である過去問」ではなく「幹となる知識」の方です。

幹となる知識を、繰り返しアウトプットすること。
これこそが一番大事だと思います。

最後に

ただ、ここまで言っておいてなんですが、結局のところ「勉強法は人それぞれ」です。
僕を含めて色んな人が情報を発信していますが、最終的には自分に合った方法を見つけることが大事です。

ある人にとって有効な方法が、他の人にも有効かどうかは分かりません。
もちろん科学的に有効とされた勉強法もありますが、それだって合わない人はいるかもしれません。

自信のない人や素直な人は、誰かがいう「これが最良の勉強法だ!」というものにこだわってしまうと思いますが、それはやめましょう。

勉強法はあくまで「手段」です。
目的は何か?
「知識をアウトプットできるようになること」です。

手段にこだわるあまり、当初の目的を忘れてはいけません。
誰かが主張する勉強法に固執するのではなく、良いものは取り入れ、合わないものは捨てる柔軟性が必要です。

勉強法は自ら確立していくものなのです。
個人によって性格も生活習慣も可処分時間も違うのですから、唯一絶対の正解はありません。

試行錯誤して、自分なりの最良の方法を見つけていきましょう。

 

コメント