今回のテーマは「過失相殺」です。
過失相殺といえば、交通事故などの不法行為において、被害者にも過失があった場合に、損害賠償の金額が減額されるというアレですね。
皆さん一度は聞いたことがあると思います。
「めっちゃシンプルじゃん、それ以上何かあるの?」
といった感じかもしれませんが、実はこの過失相殺には面白い(?)論点がいくつかあります。
今回はそれを見ていきましょう。
過失相殺が認められるために必要な「能力」
例えば、まだ3歳の幼稚園児が道路に飛び出して交通事故に遭ってしまったとします。
この場合、「幼稚園児に過失がある」として過失相殺してもよいものでしょうか?
いくらなんでもそれは酷な気がしますよね。
だって3歳の子供がその危険性を認識できていたとはとても思えませんから。
このように、被害者に過失があったと認められるためには、被害者本人に「事理弁識能力」があることが必要とされています。(判例)
事理弁識能力とは、ざっくりいえば「していいことと悪いことの判断がつく能力」です。
一律には決められていませんが、だいたい小学校に入る7歳くらいから備わると考えられています。
よって、3歳の子が飛び出したからといって、本人に過失ありとは認められません。
なお、ヒッカケでありがちなのが、「責任能力」と言い換えるパターンです。
責任能力とは、「自分の行動の結果からどんな責任を負うのか理解できる能力」です。
こちらはだいたい小学校を卒業する12歳ぐらいで備わると考えられています。
・「事理弁識能力」は、単に物事の善し悪しを判断する能力
・「責任能力」は、さらにその先の行為の結果の責任までを理解できる能力
被害者「側」の過失
さて、3歳の幼児には事理弁識能力がないので、過失を認めることはできないということが分かりました。
しかし、そもそも、その子が飛び出したのは、すぐ近くにいた母親が目を離していたからだったとしたらどうでしょうか?
加害者からすると、母親の責任を追及して過失相殺したいところだと思います。
そこで判例は、民法722条2項に定める「被害者の過失」とは、被害者「側」の過失として検討すべきであるとしました。
被害者側の過失とは、被害者本人だけでなく、
被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者
の過失も含めて考えることをいいます。
(これはちょうど記述にしやすそうな文字数ですね。書けるようになっておきましょう)
つまり、母親や父親が一緒にいたのなら、その人の過失も含めて検討されるべきということです。
この場合でいえば、母親に過失があったので、過失相殺が認められることになります。
この「一体をなすとみられる関係」については、判例上認められた例と認められなかった例がありますので、押さえておいてください。
細かい内容はスルーして、キーワードだけ押さえておけば大丈夫です。
「被害者側の過失」として認められた例
(=両者が一体をなすとみられた関係)
●車に同乗していた「夫婦」
●車に同乗していた「内縁の夫婦」
●2人乗りで暴走していたバイクの「運転者」と「同乗者」
「被害者側の過失」として認められなかった例
(=一体をなすとはみられない関係)
●「幼児」と「保育士」
●職場の「同僚」
●交際中ではあるが、「婚姻も同居もしていないカップル」
本人に被害を拡大させる素因があった場合は、過失と類推されるか?
さて、では被害者本人の過失に話を戻しましょう。
次の論点は「被害者本人に、被害を拡大させる素因があった場合は過失と類推されるのか?」というものです。
例えば、
交通事故の1ヶ月前に被害者が一酸化炭素中毒に罹患しており、それが事故によって悪化して死亡してしまった
というような場合。
被害者に「疾患」がなかったなら、死亡するほどの結果は起きなかったはずです。
これはつまり、被害者自身に被害を拡大させる素因があったわけです。
加害者からすると、そんな事情は知る由もないわけですから、損害を全て賠償しろと言われても困りますよね。
そのため、判例では「疾患」については過失相殺の規定を類推適用するとしています。つまり減額を認めています。(これを素因減額といいます)
一方で、
被害者の首が平均よりも長かったせいで、車の追突による頚椎捻挫が悪化した
といった場合はどうでしょう。
このケースでは、被害者の首が長いという「身体的な特徴」が原因で被害が拡大しました。
これも過失相殺の規定が類推適用されるのでしょうか。
しかし判例は、身体的特徴については類推適用を認めないとしました。つまり、加害者は損害の全部を賠償しなくてはなりません。
身体的特徴はもともと個々人で違っているのが当たり前なので、よほどのことがない限り減額の対象とはならないのです。
●「身体的特徴」については、類推適用されない
過失相殺が認められることは、加害者にとってはありがたく、被害者にとっては好ましくありません。
そのため、「この場合は加害者と被害者のどちらが配慮されるべきかな?」とみていくと理解しやすくなると思います。
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